幸せなことに、食べ物の好き嫌いってものがほとんどありません。
いえ、厳密にはもちろん「大好き」なものはあるし、「好んで食べない」ものもあります。
けど、「嫌いで嫌いで絶対食べるのも厭」ってほどのものはありません。
とはいうもののちょっとした前提があります。
私の属する食文化で、食べ物と認識されるものの内ではです。
世界にはいろいろな食文化があります。
私の属するのは、あくまで日本国の近畿地方の兵庫県の、それも瀬戸内の地域の食文化です。
先日、喫茶店でコーヒー飲みながら、ミステリなんぞを読んでいた時のことです。
ミステリは佳境に入り、なかなかスリリングな展開を見せていたのですが、
そこに現実世界が割り込んできました。
「よぉよぉよぉよぉ。悪い悪い悪い悪い。遅れてもたな。いやぁ待たしてもたな。ごめんなぁ~。
えっ?何分待ったって?。悪い悪い。
うん、お姉さん、コーヒーな。そう、ホットで。頼むわ。いや、ほんますまん」
隣の隣に座った、長髪に眼鏡の痩せたお兄さんの連れがようやく到着したようです。
これが絵に描いたように正反対。
先のセリフと共に現れたお兄さんは、スポーツ刈りのような短髪で小太り。
派手なスカジャン着て、ガサツそのものの態度で席に腰をおろします。
このお兄さんがまた声のキーが高くてでかい。
すなわちよく通る声なのです。
私はそんな、ヤンキー漫画に出てくるデブで人がいいコミカルなキャラクター、みたいなのには興味がないのです。
なんせ、ミステリは佳境を迎えて、アレが実はアレで、コレはこうだったわけです。
人からは物静かにコーヒーをたしなむ紳士と映るでしょうが、実はもうエライことになっているのです。
なのになのに…、
そのヤンキー漫画の雑魚キャラのこんな一言に耳をひきつけられてしまったのです。
「虫なんてな、まぁだいたいエビみたいな味しとるわ。うん、だいたいそんなもんや」
えっ!?って思いました。
続けて、
「だいたい虫とかな、甲殻類みたいな感じやんけ。ガワが固とうて、中がムニュッとしてるやん。
エビ・カニいけたら、虫もいけんで」
え~~。このお兄さん、虫を食う話をしてるわ…。
私は、虫はダメ。食えない。
私の食文化の中では、虫は食いもんじゃない。
確かに長野とかでは食べるそうだけど、それは私にとっては違う文化圏。
否定はしないけど、私は一緒になって虫を食べようとは思わないのです。
というわけで、ヒロインに危機が迫り、どうやら真相に辿りついた主人公の快刀乱麻の活躍が始まったミステリはさておき、隣の謎の男のほうに興味が移ったのです。
以下、彼とその友人の会話。( )内は私が心の中で呟いた、感想~つっこみです。
「身近なところで、セミが結構旨いらしいねん。セミな。
あれ、だって、沖縄とかで食うらしいやん。沖縄人、めっちゃ好物らしいで。
うまいうまいゆうて食うらしいわ」
(ほんまか?)
「でもな、セミって飛びよるやん。それも近寄ったら飛びよる(当たり前やがな)。
なかなか捕まえられへんやん」
(いや、その気になったら結構捕まえられんで・・・)
「せやからな、死んで落ちてるヤツ、拾って食うてみてん」
(げっ、拾って食べたって!?)
「ふうん・・・で、どうやったん?」
(友達、もうちょっと驚けよ!)
「う~ん・・・、あんまり美味なかったわ・・・。味せえへんし・・・」
「そうなんや」
「うん、やっぱり焼いたり揚げたりせなアカンのかなぁ・・・」
(生やったんかい!?)
「間違いないんは、幼虫系やな」
「あぁ、蜂の子とかあんなんか・・・」
「そうそう、蜂の子とか絶対間違いないやん。
あと、カブト(虫)とかあんなんの幼虫な。
もう美味いってわかってるやん」
「なるほどなぁ・・・」
(だからぁ・・・友達、あっさり納得すんなってゆうてるやろ!)
「タガメとかも美味いゆう人おるけどなぁ・・・」
「タガメゆうたら、あの田んぼとかにおるヤツ?」
「そうそう。なんかなぁ、洋ナシの味するらしいで」
「へぇ~、洋ナシかぁ・・・」
「でもオレ、タガメはええわ・・・」
「なんで?」
「だってほら、オレ、洋ナシあんまり好きやないし・・・」
(え~~~っ!そっちかい!!)
というわけで、私はすっかり読んでいたミステリはどうでも良くなってしまいました。
もはや、危機に瀕したヒロインなんてどうでもいいし、
主人公の活躍なんて、特に驚くに値しない。
事実は小説より奇なり・・・なのでした。